100℃の水と0℃の水は何℃になるか

はじめに

以下の問題を考えてみましょう。

100℃の水と0℃の水を同じ物質量だけ用意します。それらを混ぜ合わせたとき何℃になるでしょう?
(ただし熱のやり取りは外界としないものとします。比熱も一定であるとします。体積膨張なども無視できるとします。)


「100℃と0℃なので50℃!」と即答された方、正解です。後で確認するようにエネルギー保存則から計算できます。

それでは次の問題はどうでしょう。

100℃の水と0℃の水を同じ物質量だけ用意します。それらを可逆に同じ温度にしたとき何℃になるでしょう?何らかの熱機関を使っても良いものとします。
(ただし熱のやり取りは熱機関以外とはしないものとします。比熱も一定であるとします。体積膨張なども無視できるとします。)


可逆という言葉が出てきました。断熱的に(仕事のみによって)変化させて元に戻すことができるという意味です。

先程の100℃の水と0℃の水を単に混ぜて50℃の水を作るのは不可逆です。50℃の水が勝手に100℃の水と0℃の水になることはありません。熱力学第二法則に反してしまいます。 また、何らかの仕事で元に戻そうとしても、内部エネルギーの合計は変わっていないため、熱力学第一法則に反してしまいます。

もし可逆に同じ温度にできたならば、仕事をする余地を考えて50℃より低くなっていそうです。そのようなことは出来るのでしょうか?

内部エネルギー

手始めに、この系の内部エネルギー Uを設定します。比熱 Cが一定であるため、絶対温度 T、物質量 Nのとき

 \displaystyle
U = CNT

と書くことができます*1。エネルギーの原点を適当にずらして比例式にしています。

単位物質量あたりの内部エネルギー u = U/Nにすると、

 \displaystyle
u = CT

です。

単純に混ぜた場合

では、最初の100℃の水と0℃の水を単純に混ぜた場合を考えます。一般化しながら話を進めるため、 T_0  = 273.15 \mathrm{K} (= 0 ^{\circ} \mathrm{C}) T_1 = 373.15 \mathrm{K} (= 100 ^{\circ} \mathrm{C})と設定しておきます。

それぞれ物質量 Nだけあるとして、混ぜる前の内部エネルギーは、温度 T_0の方は U_0 =CNT_0、温度 T_1の方は U_1 =CNT_1です。そのときの内部エネルギーの総和は、

 \displaystyle
U_{\mathrm{sum}} = U_0 + U_1 = CN(T_0 + T_1)

となります。一方で、混ぜたあとの温度を[tex: T{\mathrm{mix}}]とすると、混ぜたことで物質量が 2Nとなっているため、内部エネルギー[tex: U{\mathrm{mix}}]は、

 \displaystyle
U_{\mathrm{mix}} = 2CNT_{\mathrm{mix}}

と書けます。仕事も熱も外部とやり取りしていないため、熱力学第一法則より、内部エネルギーは不変で U _{\mathrm{sum}} = U _{\mathrm{mix}} です。したがって、混ぜたあとの温度は

 \displaystyle
T_{\mathrm{mix}} = \frac{T_0 + T_1}{2}

と求まります。やはり、平均で求めて良いことが分かりました。 T_0  = 0 ^{\circ} \mathrm{C} T_1 = 100 ^{\circ} \mathrm{C}のときは、 T_{\mathrm{mix}} = 50 ^{\circ} \mathrm{C}です*2

エントロピー

次に、可逆に同じ温度にする場合を考えるために、エントロピー Sを求めておきます。単位物質量あたりのエントロピー s = S/Nを考えると、

 \displaystyle
\mathrm{d}s = \frac{1}{T} \mathrm{d}u

の関係あります*3 uは単位物質量あたりの内部エネルギーです。内部エネルギーの表式を代入して、

 \displaystyle
\mathrm{d}s = \frac{C}{u} \mathrm{d}u

として、これを積分することで、

 \displaystyle
s = s_0 + C \log \left( \frac{u}{u_0} \right) = s_0 + C \log \left( \frac{T}{T_0} \right)

と単位物質量あたりのエントロピー sの表式が得られます。物質量 Nのときのエントロピー S

 \displaystyle
S = \frac{N}{N_0} S_0 + CN \log \left( \frac{T}{T_0} \right)

となります。

以下では、温度 T_0でのエントロピー S_0 = 0と基準にとって計算を進めます。

 \displaystyle
S = CN \log \left( \frac{T}{T_0} \right)

エントロピー原理

熱力学の定理に「エントロピー原理」があります*4。これは、断熱過程のみでの状態変化が可能かどうかはエントロピーの大小のみによって知ることができるというものです。

詳しく書くと、エントロピー原理によって、熱平衡状態 Aエントロピー S_A)から熱平衡状態 Bエントロピー S_B)へ断熱過程のみで到達できることと、 S_A \leq S_Bであることが必要十分条件となります。

特に、熱平衡状態 Aと熱平衡状態 Bの変化が可逆で、どちらからも他方に断熱過程で変化できるとき、 S_A \leq S_Bかつ S_A \geq S_Bでなくてはならないので、

 \displaystyle
S_A = S_B

が言えます。可逆であることは、エントロピーが等しいと読み替えて良いことが分かりました。

可逆操作で同じ温度にした場合

準備が整ったので、可逆に同じ温度にした場合を考えていきます。 それぞれ物質量 Nだけあるとして、混ぜる前のエントロピーは、温度 T_0の方は S_0 = 0、温度 T_1の方は S_1 =CN \log (T_1/T_0) です。エントロピーの総和は、

 \displaystyle
S_{\mathrm{sum}} = S_0 + S_1 = CN \log \left( \frac{T_1}{T_0} \right)

となります。一方で、可逆操作後の温度を T _{\mathrm{rev}}とすると、その温度の物質量が 2Nであるため、可逆操作後のエントロピー S _{\mathrm{rev}}は、

 \displaystyle
S_{\mathrm{rev}} = 2CN \log \left( \frac{T_{\mathrm{rev}}}{T_0} \right)

と書けます。可逆の場合のエントロピー原理より、 S _{\mathrm{sum}} = S _{\mathrm{rev}} です。 \logを整理しながら比較すると、可逆操作後の温度は

 \displaystyle
T_{\mathrm{rev}} = \sqrt{T_0 T_1}

と求まります。単純に混ぜた時が相加平均だったのに対して、こちらは温度の相乗平均になっています。

「相乗平均 \leq相加平均」なので、可逆操作後の温度 T _{\mathrm{rev}}は単純に混ぜたあとの温度 T_{\mathrm{mix}}より低くなります。

 \displaystyle
T_{\mathrm{rev}} \leq T_{\mathrm{mix}}

また、内部エネルギーは可逆操作を経て、外界に何らかの仕事を行い、充電池やバネなどの位置エネルギーとして蓄えられることになります。減少分の内部エネルギーは、

 \displaystyle
\varDelta U = U_{\mathrm{sum}} - U_{\mathrm{rev}} = CN(T_{1} + T_{2} - 2 T_{\mathrm{rev}}) = 2CN(T_{\mathrm{mix}} - T_{\mathrm{rev}})

と計算できます。

 T_0  = 273.15 \mathrm{K} T_1 = 373.15 \mathrm{K}として実際どうなるのか見てみます。なお、ここでの計算は比が含まれるため、絶対温度で行わななければなりません。

 \displaystyle
T_{\mathrm{rev}} = \sqrt{T_0 T_1} \simeq 319.26 \mathrm{K} (=46.11 ^{\circ} \mathrm{C})

可逆に操作することで、100℃の水と0℃の水から約46.1℃の水が生まれることが分かります。

ついでに水1kgのときに、どれくらいのエネルギーを仕事として取り出したのか見ておきます。水の比熱は、カロリーの定義より*5

 \displaystyle
C  =1.0 \ \mathrm{kcal \ kg^{-1} \ K^{-1}} \simeq 4.2 \ \mathrm{kJ \ kg^{-1} \ K^{-1}}

です。物質量 Nの部分を質量に読み替えて、内部エネルギーの変化分をみると、

 \displaystyle
\varDelta U = 2CN(T_{\mathrm{mix}} - T_{\mathrm{rev}}) \simeq 7.78 \mathrm{kcal} \simeq 32.56 \mathrm{kJ}

が得られます。当たり前ですが、水2kgを約46.1℃から50℃にするエネルギーがそのまま仕事になっています。単純に混ぜた場合はその分のエネルギーを「無駄に」温度上昇に使ってしまったから不可逆になったとも言えます。

おわりに

なるべく簡単な例でエントロピーを扱おうとしたのですが、またそこそこ長い文量になってしまいました。可逆操作の理解に少しでも貢献できたら何よりです。

1kgずつ用意した100℃の水と0℃の水が、約46℃の水と約33kJの仕事になるという、普段はあまり考えない事実を熱力学が教えてくれました。

今回の例は、以下の本で扱われている題材を下敷きにしています。他の熱力学の教科書とはかなり毛色の違う本です。いずれ、この本の紹介をすることになると思います。

*1:定義域が気になる方は0℃から100℃の範囲に制限してください。

*2:セルシウス温度で平均を取りましたが、絶対温度とは定数がずれているだけなので、相加平均には影響がありません。

*3:ここでの温度は絶対温度で測る必要があります。

*4:田崎晴明『熱力学 現代的な視点から』 p.101

*5:ここでは水の温度上昇がわかりやすいように、あえてカロリーで計算します。