理想気体の基本関係式(エントロピー表示)の導出

はじめに

熱力学では熱力学変数の関係を状態方程式で表して,個々の系を表現します。状態方程式のとり方は様々ありますが,清水本[*1]や田崎本[*2],佐々本[*3]などで述べられているように,基本関係式(fundamental equations)ないし完全な熱力学関数(conplete thermodynamic function)と呼ばれる,特定の熱力学変数の組で関数を構成すると見通しが良くなることが知られています。

たとえば,内部エネルギー Uエントロピー S,体積 V,物質量 N で表す,

 \displaystyle
U = U(S, V, N)

は基本関係式になります。なぜなら,熱力学第一法則と熱力学第二法則を組み合わせて得られる微分形式

 \displaystyle
\mathrm{d}U = T \mathrm{d}S -p \mathrm{d}V + \mu \mathrm{d}N

から読み取れるように,温度 T,圧力 p,化学ポテンシャル \muの表式が U(S, V, N)偏微分から,

 \displaystyle
T = \left( \frac{\partial U}{\partial S} \right)_{V, N} , \quad 
p = -\left( \frac{\partial U}{\partial V} \right)_{S, N} , \quad
\mu = \left( \frac{\partial U}{\partial N} \right)_{S, V}

のように導けるからです。

基本関係式は,上で述べた内部エネルギー表示 U(S, V, N)の他に,エントロピー表示 S(U, V, N)ヘルムホルツの自由エネルギー表示 F(T, V, N),ギブスの自由エネルギー表示 G(T, p, N),エンタルピー表示 H(S, p, N)などがあります。 エントロピー表示を用いた場合は,対応する微分形式は

 \displaystyle
\mathrm{d}S = \frac{1}{T} \mathrm{d}U +\frac{p}{T} \mathrm{d}V - \frac{ \mu }{T} \mathrm{d}N

となり,これは先程の内部エネルギー表示での微分形式を移項して \mathrm{d}S について整理したものと見なせます*4

そこで,本記事では理想気体エントロピー基本関係式 S(U, V, N) *5

 \displaystyle
S(U, V, N) = \frac{N}{N_0} S_0 + RN \log \left [ \left( \frac{U}{U_0} \right) ^c \left( \frac{V}{V_0} \right) \left( \frac{N_0}{N} \right) ^{c+1} \right ]

 cは定数)を,おなじみの状態方程式

 \displaystyle
PV = NRT

内部エネルギーの式

 \displaystyle
U = cNRT

からなるべくシンプルに導出します。

変数の削減(単位物質量あたり)

まず,導出の前段階として,熱力学変数の示量性に注目して変数を削減します。示量性とは系のサイズを \lambda倍したときに,元のサイズの系の \lambda倍の物理量が得られる性質です。エントロピーを例に式にすると

 \displaystyle
\lambda S(U, V, N) = S(\lambda U, \lambda V, \lambda N)

のようになります。

ここでさらに \lambda=1/Nとすることで,

 \displaystyle
\frac{1}{N} S(U, V, N) = S(U/N, V/N, 1) = S(u, v, 1) := s(u, v)

と,単位物質量あたりのエントロピー s:=S/N,内部エネルギー u:=U/N,体積 v:=V/Nの関係式が得られます。 この式では物質量 Nを考えないで済むため,式の導出が簡潔に行なえます。微分形式では,

 \displaystyle
\mathrm{d}s = \frac{1}{T} \mathrm{d}u + \frac{p}{T} \mathrm{d}v

となります。元の式から,化学ポテンシャル \muをひとまず無視して進められるようになりました。

理想気体の状態方程式の代入

状態方程式を単位物質量あたりの関係に置き換えます。温度 Tや圧力 pは示強性の変数なので,そのままで良いことに注意すると,状態方程式 PV=NRTからは,

 \displaystyle
\frac{p}{T} = \frac{R}{v}

内部エネルギーの式 U=cNRTからは,

 \displaystyle
\frac{1}{T} = \frac{cR}{u}

が得られます。少し細工を加えてあるように,微分形式の係数がきれいに表されていることが見て取れます。

これらを単位物質量あたりのエントロピー微分形式に代入し,

 \displaystyle
\mathrm{d}s = \frac{cR}{u} \mathrm{d}u + \frac{R}{v} \mathrm{d}v

として,これを u, vについて積分することで,

 \displaystyle
s(u, v) = s_0 + cR \log \left( \frac{u}{u_0} \right) + R \log \left( \frac{v}{v_0} \right)

が得られます。ここで s_0, u_0, v_0は基準状態を表す定数です。 \logについても整理すれば,

 \displaystyle
s(u, v) = s_0 + R \log \left [ \left( \frac{u}{u_0} \right)^c \left( \frac{v}{v_0} \right) \right ]

となります。単位物質量あたりのエントロピーについての基本関係式が得られました。

最後に単位物質量あたりの物理量を元に戻します。途中で導入した定数 s_0, u_0, v_0も,

 \displaystyle
s_0 = S_0 / N_0, \quad
u_0 = U_0 / N_0, \quad
v_0 = V_0 / N_0

と置き直すことで,最初に述べたエントロピー表示の基本関係式

 \displaystyle
S(U, V, N) = \frac{N}{N_0} S_0 + RN \log \left [ \left( \frac{U}{U_0} \right) ^c \left( \frac{V}{V_0} \right) \left( \frac{N_0}{N} \right) ^{c+1} \right ]

が得られます。これらの導出を経て,式に \logが現れるのは状態方程式の変形でちょうど 1/u 1/v積分が現れるためであったこと, Nについての指数が -(c+1)なのは単純に U Vの示量性を確保するためであったと理解できます。

理想気体の化学ポテンシャル(おまけ)

エントロピー表示の基本関係式が得られたため,その偏微分から化学ポテンシャル \muの表式が計算できます。

 
\begin {align}
-\frac{\mu}{T} &= \left( \frac{\partial S}{\partial N} \right)_{U, V} \\
&= \frac{S_0}{N_0} + R \log \left [ \left( \frac{U}{U_0} \right) ^c \left( \frac{V}{V_0} \right) \left( \frac{N_0}{N} \right) ^{c+1} \right ] -(c+1)R \\
&= \frac{S}{N} -(c+1)R
\end {align}

最後の行では,第1項と第2項の和が,単純に S/Nとなっているため置き換えました。したがって,

 \displaystyle
\mu = T \left [ (c+1)R - \frac{S}{N} \right ]

が得られます。

実のところ,これは偏微分をしなくても得られます。系の示量性の制約から,一般的に

 \displaystyle
U = TS -pV + \mu N

が成立しなくてはならないためです(これは微分形式ではありません!)。理想気体の場合には,

 
\begin {align}
\mu N &= U -TS +pV \\
&= cNRT -TS +NRT \\
&= T [ (c+1)R -S ]
\end {align}

となり,偏微分で導いた表式と一致していることが分かります。

おわりに

理想気体エントロピー表示の基本関係式の導出を行いました。清水本では天下り的に与えられ,他の教科書でも主に S(T,V,N)の変数での扱いが中心なので,高校物理の知識とつなげるためにも直接の導出を試みました。 理想気体の状態方程式が,まるでパズルのピースがそこに嵌るかのようにエントロピー微分形式と適合しているのは気持ちが良いところです。なお,ここではスルーしましたが熱力学的絶対温度理想気体温度が一致することは熱力学第二法則での議論を行わないと示せないため,それらが済んだあとの導出ということになります。

数式記述の練習も兼ねていたのですが,思いのほか長くなってしまい良い練習となりました。

今後も熱力学関連で記事を書いていけたらと思います。

*1:清水明『熱力学の基礎』 東京大学出版会

*2:田崎晴明『熱力学 現代的な視点から』 培風館

*3:佐々真一『熱力学入門』 共立出版

*4:実際は合成関数の偏微分でのチェーンルールが自然と背後で行われていて,整合性を保っているのが微分形式の素晴らしいところです。

*5:清水本の第1版(緑の方)の p. 113